01.09.2006 正面打ち起しの美について

現在広く行われている正面打ち起しは、5流派の内、日置竹林派・印際派を除く3流派(小笠原・本多流・大射道教)が基になっている。その内小笠原を除く2流派は元々日置流から派生したものであるから、日置流の射技を取り入れつつ、小笠原流の礼法を加味した射法と言えるであろう。古来の流派は、それぞれの目的(通し矢・流鏑馬等)に応じてできたものであり、又今後継承されていくべきと考えるが、現在の弓道の目的とは異なっている。よって射法も時代の目的に合わせて変わってきているといえる。 一般に正面打ち起しは、受渡し後に最終的な手の内の形が定まる為に、斜面よりも難しいと言われる。又、右手の動きに注目した場合、正面打ち起しでは正面に打ち起した後、一端左に移行し、その後右に開かれる。この為に動作が不合理でないかという意見も聞かれる。確かに実戦では速射が要求されており、又動く敵に対しての構え、射法は斜面が適しているであろう。しかし、私的意見では、正面打ち起しは現代の射を表しており、射術の難しさを残しつつも、多くの利点があると考える。

意識の方向(的正面・脇正面)
斜面では、弓構えで弓が一端的方向へ押し開かれ、物見と共に動作の意識が終始一環して的方面へ向けられている(的正面打ち起し)。正面での打ち起しは、弓を一番高い位置に持っていく動作であって、この時動作の意識は的方向ではなく、上座に向けられている(脇正面打ち起し)。よって脇正面打ち起しは、上座を意識した礼法から見ても利点があると思う。その後の引分け前半(受渡し)では、意識が脇正面から的正面へ動作を伴なって受け渡される事から美的利点もあると思う。

体の中心から開く動作
実際には正面・斜面に関わらず、大三の位置からほぼ同じ弦道を通るが、打ち起しの位置が違うだけで動作の流れの中心が違ってくる。 斜面では打ち起し後、左寄りの位置から弓が押し開かれる動作となる。よってどちらかと言うと左肩辺りが動作の中心となる。 正面打ち起しでは、弓構えでの羽引き後、終始一貫して体の縦線から肘を中心に弓を左右均等に開く動作が行われる。よって体の中心が動作の中心となる。もともと正面打ち起しは騎射の射法から現代風に変わったものであるから、重心は常に体の中心にあり、これは体の縦線の美を強調する。

まとめ
斜面(的正面打ち起し)は実用的な射法であり、特に強い弓を引く場合は大きな利点がある。(脇)正面打ち起しの場合、射技面では受渡しの難しさがあり、この完成度が的中に直接結びつくと考える。しかし、礼法と美の面では斜面よりも優れていると考える。近年、弓道は真・善・美の追求、身体・精神修行としての意味合いが強くなっており、年齢・性別を問わない健康的なものでなければならないと言われている。又稽古は通常道場で行われる事から、礼法に則した動作が必要となっている。これらの事を踏まえると、正面打ち起しは近年の弓道のあり方を表現した現代風であり、礼と美を追求した射法と言える。もちろん美の表現として正射正中は絶対条件である。正射正中の為には、射技の難しさを残しつつも、形に従い更に稽古を繰り返す事によって初めて成し遂げる事ができるのであるから、修行道としての射法と言えるであろう。これは<弓道は的中を絶対目標としていない><弓道は難しいから面白い>と言う事にも当てはまるであろう。